このページの本文へ移動

新潟地震復興60年コンサートに向けて ~60年前の新潟地震からの復興と新潟県民会館~

  • ホーム /
  • スタッフブログ /
  • 新潟地震復興60年コンサートに向けて ~60年前の新潟地震からの復興と新潟県民会館~

2024.4.5

 今から60年前の昭和39年6月16日13時1分、マグニチュード7強の地震が新潟を襲いました。道路に地割れが走り、昭和大橋が崩落、石油タンクが炎上、信濃川に津波が押し寄せ、新潟の町は一瞬にして無残な姿に変貌したのです。当時の被害総額は、2,500億円に及んだそうです。
そのわずか3日後にジャズの巨匠デューク・エリントンが初めて来日しました。当時、新潟アメリカ文化センターのセオフィラス・アシュフォード館長はジャズのファンで、エリントンに新潟の惨状を伝え、復興への協力を依頼しました。
 エリントンは、日本での公演後、予定されていたホノルル公演を急遽キャンセルして、7月8日、新宿でチャリティー・コンサートを開催しました。「もし客が入らなければ、自分がお金をだしてでも力になる。」とエリントンは語っていたそうですが、急なコンサートにもかかわらず、約2,000人を集める大盛況で、その収益金が全て新潟に寄付されました。
この寄付を皮切りに、全国から次々と見舞金や救援物資が送られてきて、その総額は20億円に上り、その後の県民ひとりひとりの努力と協力によって、新潟は目覚ましい復興を果たすことになります。集まった見舞金のうちの3億円とその後の県の予算の5億円を合わせて、新潟県民の将来への発展に向う心のよりどころとして、文化を始めとする様々な活動の拠点としての新潟県民会館を作ろうという計画が持ち上がります。
地震から3年後、1967年11月21日に、大小のホール、ギャラリー、会議室等を備えた県民会館が落成します。
 県民会館の正面玄関になる北口から入場する前に、建物の上を見上げてみてください。「不死鳥・フェニックス」が金色に輝いています。60年前の地震からの復興を記念する建物であることを象徴しているのです。同じく、北口前では「みちびきの像」と呼ばれる、セメント彫刻像が見られます。震災時に子どもたちをかばいながら避難する小学校教師を表現したもので、新潟市の画家、金井二郎が描いた絵を基に、彫刻家の早川亜美によって製作されたものです。
 奇しくも今年元旦に能登半島地震が起こり、県内でも多くの被害がありました。60年前、新潟地震から不死鳥のように蘇ったように、今回の地震からの一日も早い復興を祈りつつ、ジャズ・ビッグバンドのコンサートをお届けします。

 

新潟地震復興60年コンサート『熱帯JAZZ楽団』 | 新潟県民会館 (niigata-kenminkaikan.jp)

シェアする:

  • X
  • Facebook
  • LINE
ページの先頭へ